PROFILE

伊藤雅仁のすべてを捧げる

あなたのために一生懸命に生きる

人生のテーマは「お役に立つこと」

プロフィール

MASAHITO ITO

Profile

伊藤雅仁 -MASAHITO ITO-

【生年月日】

昭和42年7月23日(獅子座)

【出身地】

​北海道

【経歴】

1987年3月 札幌光星高校 ​卒業

1992年3月 北海学園大学 ​卒業

1992年4月 M証券株式会社に在籍(約27年)

2019年2月 T保険代理店に入社

札幌 生命保険

北海学園大学経済学部経済学科では、専攻はマクロ経済学、当時より株式市場や経済学に関心を持ち、1992年(平成4年)M証券会社に入社しました。

名古屋約7年、東京約7年、大阪1年半勤務後、札幌へ戻り約10年勤務。

​2019年2月より現在のT保険代理店に至ります。

札幌 損害保険

​history

結婚式や企業の宴会、会合のお手伝い

センチュリーロイヤルホテルで3年間アルバイトで、結婚式や企業の宴会、会合のお手伝いをしておりました。

1992年に現在のみずほ証券に入社後、名古屋支店に7年、東京亀戸支店に2年半、吉祥寺支店に4年半勤務し、当時は幕張に住んでいました。その後、大阪阿倍野支店に1年半勤務し、当時のその頃に父親が癌になり、のちに亡くなりました。弟はその前に28歳という若さで亡くしましたので、父親の他界をきっかけに北海道に戻ってきました。

札幌支店で勤務し、2018年に退職。現在の会社に2019年2月に入社しました。

趣味は歌、ライブ鑑賞、釣りなど

今までに6年間、ヤマハのボーカルスクールに通っていました。9年前、ダンススタジオ“ソウルウェイブ”の門を叩き、札幌を代表するダンサーAYUMI先生との出会いがありました。その他、ボクシングジムやABCクッキングにも通ったり、サーキットを走れるライセンスを取得したり。

とにかく「面白そうだな!」って事にはすぐ飛びつく性格でございます。穏和なようで、かなりのせっかち。ドジな事ばかりしております(笑)

1番好きな事は、世の中がどうなるとかって事を考えること

大学2年生の頃から、マクロ経済学と金融市場に関心が出てきて、当時は毎週のように野村證券に通って、勉強会に参加してました。証券会社に入社したものの、名古屋に配属され、当時は証券会社の損失補填問題の中1日の売買が2億〜3億株が普通で(今は1日20億株〜30億株)世の中の人たちには全然話を聞いてもらえなかった記憶がございます。

屈辱的な事を言われて、お客様の前で涙した事も。そんな世の中に、どうすれば向き合ってもらえるかを考え、当時は名古屋市千種区の1000件くらいを対象に、毎日100件〜150件ほどをひたすら歩き回りました。

 

数ヶ月後、当時の課長のアイデアもあり、毎週月曜日の午前中には自分の会社の社員も含め、世の中の人はまだ何もしていないということから、地区の500件にパンフレットを交付しておりました。数ヶ月もすると、街の中で自分の存在が認知されてきて、自然とお客様の方から声をかけていただけるようになりました。雪だるま式にお客様を開発することができるようになり、意識は全然してなかったのですが、全店でトップだったそうです。

当然、他支店の管理職から、どうやって営業しているかを聞かれることも多く、少し自信もあったと天狗にもなりました。当時の課長からは、何をしろとか具体的な指示はなく、自分で考えろと言われてました。

営業で大切なのは、“バカで、純粋なこと、可愛げ”だと思っております。個人でも法人のお客様でも、所詮、相手は人ですから。

その時の経験から得たものが、今でも心の支えになっております。ただ、大きな組織でしたので、反発心から役員に文句を言ったり、課長にもおかしいと思ったことは率直に伝えたり、色々な人事にも遭いました、自分と合わない地域や支店もございました。

その中でも、いつも入社した時の経験を胸に持ちながら、営業活動をしてきました。

 

立場が上になるに従い、会社寄りの仕事もしなくてはいけなく、理不尽なことも沢山経験し、証券会社の営業をあとにしました。

札幌 変額保険

営業で大切なのは、

“バカで、純粋なこと、可愛げ”だと思っております。

​episode

思い出に残る、営業エピソード

■自分の存在を喫茶店で噂されているのを聞いたこと。

■絶対にお客様には出来ないと言われた、元祖台湾ラーメンのお客様と取り引き出来たこと。

■オリエンタルランドの上場前の株を1億2,000万円現金でお客様が来店されたこと。

■1億円から3億円の株式の売買を行なっていたこと。

■JR東日本、JT、オリエンタルランド等の上場時に多額の資金を預かったこと。

■現金を1,000万、2,000万円預かって、地下鉄に乗って居眠りしていたこと。

■安倍前首相の出身大学の運用に携わっていたこと。

■アメリカの国債を2億円、売買していたこと。

■思いつきで近所にあった大学を開発し、30億円運用したこと。

■上場会社の上場維持のために、社員100名以上の口座を一度に作ったこと。

■今の外国債の売買の先駆けに携わっていたこと。(当時はオーストラリアドルがメイン。)

■社会人になって2度泣きました。ひとつは、入社当時、自分の仕事を否定され、面前で泣いたこと。もう一つは、支店内でやらなくてはいけない商品の販売が出来なく陰で泣きました。

■大阪で、預かり資産を70億から100億円担当させられ、お金の恐怖を味わったこと。

■1億円の投資信託の入力が締め切りまでに出来ず、逃げ出して、イオンの駐車場で寝てしまい、支店が大騒ぎになったこと。

■850万円の商品を買ってもらうのに、お客様の家の前の雪かきをしたこと。

■商品を買ってもらうのに、汚れたグラスに入った牛乳を飲んだこと。

■入院中のお客様のところへいって、寝ているところで注文をもらうような、酷い事をしていたこと。

札幌 生命保険

営業をしていて、お客様から、

500万円の札束を投げつけられたこと。

■1,000万円の投資信託を買ってもらうため、夜中の0時まで誰もいない暗い玄関で土下座で頭を下げて、翌日には半分ですが500万円買って頂いたこと。

■夕方の18時に札幌をタクシーで出発し、途中で夕張で営業をして、その後、常呂町へ22時過ぎに営業をしましたが断られ、翌朝4時頃に帰宅し、そのまま8時には会社へ行っていたこと。

■ノルマを振られて、休みの日も保険の販売で歩き回って、契約を獲ってきたこと。

■名古屋で炎天下40℃の中、疲れて、パチンコ屋さんの駐輪場の横に日経新聞を敷いて寝てたこと。

■朝から「行ってきます!」と言って、公園で1日中寝ていたら、ものすごい日焼けをして、どこでサボってたんだって注意されたこと。

■会社には内緒でお客さんの台湾料理屋さんにてアルバイトを依頼され、後輩と2人で台湾や海外の人たちと一緒に、まかないを食べたり、ラーメンを運んだりしていたこと。

■街の中で同じ様に営業していた、よく会う保険会社の人をいつのまにかお客さんにしていたこと。

■サボるところの喫茶店、居眠りする場所として利用していた所のオーナーをお客様にしたこと。

■人のためになることなら、喜ばれることなら、自分を犠牲にしてでも、やってきた、お手伝いしてきたこと。

■毎朝、6時半に出社していたこと。遅い時は、夜の23時から0時頃まで担当課長と一緒に悩んでいたこと。

■何度となく金融危機の際には、居ても立っても居られなく、お客様に連絡をして歩いていたこと。

■高齢者のお客様には、金融のサービス以外でも、日常的なお手伝いをしてきたこと。

■22時過ぎに連続して3件の電話して、文句を言われても電話をし続け、コンプライアンス会議で管理職達に褒められたこと。

■何度も色々な会社からスカウトされてきたこと。

■若い頃はとにかく自信満々、営業に対して前向きであり「絶対に1番になりたい!負けたくない!」と、既存客だけではなく、並行して飛び込み営業していたこと。

■入社して以降、プロパーの先輩たちを見てて緊張感があり、声もかけられないほどの状態の時が普通であったこと。

■小さな金額のお客様も、大きなお客様も、とにかくその地域の人を全てお客様にしようと思うところから、リストにない大きなお客様が出てくること。その経験から、効率というものを覚えていったこと。

札幌 変額保険

目標を毎日“月10件の新規開発”と、

ノートに何回も何回も書き留めていたこと。

■振り込め詐欺に引っかかったお客様を説得して、何度も通ったがその方は4,000万円の被害にあったこと。

■相続、お金は、その人の人格まで出てくることを味わった。いつの間にか疎遠な親族が出てきて、早くお金にして欲しいこと。

■入院してる社長に「とりあえず儲けておけ!」と言われ、100万円くらい儲けて報告していたこと。

■ターゲットは小金持ちが良くて、忙しく、お金があって、人格のある、先代社長。乗ってるクルマはベンツか、クラウン。二代目は派手な人が多いこと。

■高級なクラブへ連れて行ってもらい、初めて味合う世界を知ったこと。

■金持ちは、お菓子の詰め合わせより、高級なメロン一つの方が喜ぶこと。

■美味しいモノを社長の会社の社員達に渡すと、アイツはセンスがいいと褒められたこと。

■オカマの人がお客さんだったこと。

■女性の営業部隊の管理をある日突然、任されたこと。その中の先輩がご飯がお酒の人で、会社を休みがち。偉い人にそれがバレて、説得して出社してもらったが、ホントに具合が悪かったようで、トイレに閉じこもってしまい、ずっと「先輩、大丈夫ですか?」って面倒を見て、その先輩を後に支店のエースにしてあげたこと。

■女性3人自分1人の課を受け持ち、毎日色々と教えて同行し、4件営業へ行って3件に取り引きしてもらったこと。

■夜中の寮の部屋で、可愛がってくれた先輩に正座で詰められたこと。

■金融機関にも飛び込んでいたこと。必ず、支店長がビックリして出てきて、応接室に招かれお茶を飲めるから。

■何度か体調を崩して心臓が急にドキドキしたり、精神的におかしくなったり、交通事故にあったり、ヘルニアで救急車で運ばれてしまったり、周りに迷惑をかけたこと。

■後輩たちと仕事が終わったあと、思いつきで伊豆まで大勢で旅行に行ったこと。

■平日の夜中の1時頃、普通に海で魚釣りをしていたこと。

■後輩たちから慕われ、自分の集団を作り、総裁って呼ばれていたこと。

■毎週、相場にまつわる日記を狭い喫茶店の中で書いて勉強していたこと。後ろには風俗嬢がいて、話しに耳を傾けながら、勉強していたこと。

■市場関係者として、株価が上昇した時にはしゃいで、お客様に連絡する必要はないし、情報は高く売れとアドバイスをもらったこと。

 

札幌 損害保険

会社のエース達の背中を見ながら、成長できたこと。

■何度もどん底か、、、と思うことがあったが、自分自身で解決し、必ず復活して結果を残してきたこと。酒場では解決しない。

■長い経験から、行き詰まった時の改善策を覚えていること。

■お客様に育てていただいた!という思いがあること。最終的に世の中のために働いているという結論まで達したこと。プロと言うことを何度も、何度も自分の中で考えてきたこと。

■女性は、相場には向いていなくて、途中のストーリーは、どうでもよく、すぐに結果を求めて、下がった時に人のせいにしたがるので、難しいと感じた。

■お金持ちほどこんなことに!?って思うところにケチなところがあると、感じたこと。

■常に頭の中は空っぽにしておくと、自由な発想が出てきて、例えばトイレの中でアイデアが出てきたりして、頭の中は空っぽにしておくのがやっぱり良いと思うこと。

■外国株式の取り引きを2,000万円×5件持つと、営業は無敵になると言うことを味わったこと。

■組織が大きいほど、面倒くさい。お調子ものか、上司の言いなりの人だけが上にいく。本当に力のある人が実際には出世コースから外される。何でコイツが!って奴が偉くなっていたりすること。

■投資に関して色々な知識などアドバイスはするが、決して自分では投資をしないこと。あくまで、アドバイスをして満足していただくことから、報酬を得ることに徹すること。

■報酬をあまり意識してこなかったですが、あくまでプロとして、出来ることに対峙してきたこと。

■3億の資金を秒単位で売買したあまり、売りと買いを間違えたりし、1ヶ月に4回、経緯書や始末書を書いていたこと。

■研修の時にトップ2と同じ部屋にさせられ、ミーティングなどでは他支店のポンコツ達に偉そうに営業のやり方を教えていたこと。

■基本的に馬鹿なので、会社の公募で留学したいと申し込み、試験用紙にどうしても行きたいから「面接に呼んで!」って書きました。その後、呼ばれましたが、勉強してないから「勉強しなさい」と本社の人に説教をくらったこと。それほど、結果があったので、わがままが通じていた。

■研修中に居眠りをして、教官に別室に呼ばれて説教を受け、支店に連絡された挙句、研修を立ちながら受けさせられたこと。

■会社の労働組合の役員になって新幹線で移動中、台風の影響で新幹線に12時間ほど閉じ込められ、ムカついて東京に着いてから会議に出席せず、また名古屋に戻ったこと。

■寮の歓迎会が終わってから、裸で愛知県の一宮の路を走ったこと。

■Jリーグができた頃、名古屋グランパスを応援に行くと言われ、顔中、赤と黄色に塗られ、クルマの外で旗を降らされたこと。

■株式の信用取引をしていて、1,000万円以上のお金を失わせ、人の人生を狂わせたこと。スーパーの魚屋さんで働いていた人。

札幌 生命保険

あっという間に信用取引口座を5件くらい作ったこと。

■本当にセンスのいい人は営業生活の中で5人いたかどうか、、、と感じたこと。

■新型コロナ感染の初期のマスクや消毒液が足りない時、夜中にスーパーやコンビニを駆け回って手に入れ、お客様や入院でお世話になった新型コロナ感染者受け入れ病院へ。マスクや消毒液、ジュースやお菓子などを持っていき感謝された結果、病院長から礼状を頂いたこと。

■世の中にはズルい人やお金目当てで近づいてくる人がたくさんいることを知ったこと。

■春のお花見の場所取りに朝から公園に行ってたこと。

■女の先輩達や他の課に、ケンカを売って手数料の勝負をしたことがあること。

■会社の代表として、勝手に会社対抗カラオケ大会や街のお祭りで歌って調子に乗っていたこと。

何度もどん底か・・・と思うことがあったが、自分自身で解決し、必ず復活して結果を残してきたことが今に繋がっている。